CONTENTS

Educational Data Science Lab
Concept Book
学校法人 柴学園 / 社会福祉法人 雄雅会 Concept Book 2026
環境が、子どもを育てる。
子どもに何かを教えるのではなく、子どもが育つ場所をつくる。
それが、私たちの保育の原点であり、これから向かっていく方向です。
#Chapter 1:Philosophy
私たちが大切にしたいこと。
子どもは、生まれながらにして「もっと知りたい」という力を持っています。見たいもの、触りたいもの、やってみたいこと。その好奇心は、誰かに教わったものではなく、子ども自身の内側から湧き出るものです。
私たちが保育において大切にしたいのは、その力を摘み取らないこと、そして、その力が思いきり伸びる場所をつくることです。「豊かな心と感性を育む」──これが私たちの根本理念です。豊かな心とは、人を思いやり、感動できる心です。豊かな感性とは、美しいもの、面白いもの、不思議なものに気づく力です。どちらも、指導で身につくものではありません。日々の生活の中で、子どもが安心して感じ、考え、動くことを繰り返す中でしか育ちません。
だから私たちは、子どもに何かをさせようとする前に、子どもがやりたくなる環境をつくることを優先したいと考えています。大人の役割は、答えを教えることではなく、子どもが自分で答えを見つけられる場所を設計することだと思っています。それが理想だと分かっていても、実際の現場でそれを実現し続けることは簡単ではありません。だからこそ、この理念を繰り返し確認しながら、保育に向き合っていきたいと思っています。
豊かな心と感性は、 安心できる環境の中でしか育ちません。
この考え方は、乳幼児教育に関する国内外の研究とも重なっています。ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のジェームス・ハックマン教授は、「教育への投資は早ければ早いほど効果が大きい」というエビデンスを示しています。乳幼児期の環境が、その後の学習・社会性・生涯にわたる選択肢に最も大きな影響を与える。その事実を、私たちは保育の根拠として受け止めています。
施設の豪華さでも、プログラムの充実度でもなく、子どもが安心して「好き」を見つけられる環境の質にこだわりたい。その考えは、13年間変わっていません。ただしそれを現場で当たり前のこととして実現するには、まだ時間と積み重ねが必要です。

#Chapter 2:Environment
環境が、子どもを育てる。
「環境が子どもを育てる」という言葉があります。私たちはこの言葉を、標語としてではなく、保育設計の原則として受け止めています。ただ、それを言葉にするのは簡単でも、毎日の保育の中で実践し続けることは別の話です。
子どもは、自分の周りにあるものに反応します。美しい絵本があれば手を伸ばします。積み木があれば積もうとします。仲間がいれば関わろうとします。その「反応したくなる環境」を丁寧につくることが、保育者の仕事だと私たちは考えています。音楽・美術・絵画・数字・言葉・体を動かすこと。乳幼児期のさまざまな「出会い」が、その後の人生の可能性を変えることがあります。だから私たちは、子どもが多様な「出会い」を持てる環境設定に、継続的に投資していきたいと考えています。
カリキュラムではなく、環境を設計する。
「教育的なプログラムを持つ施設が良い施設だ」という見方が、保育の世界には根強くあります。しかし私たちは、その考え方とは少し違う立場に立ちたいと思っています。
年間計画が学習的であることと、子どもが本当に育つことは、イコールではありません。大切なのは、整えられたプログラムを子どもにこなさせることではなく、子どもが自分で選び、試し、発見できる環境があることだと考えています。「やらされる学び」と「やりたくなる学び」では、子どもの中に残るものがまったく異なります。
絵本、積み木、パズル、砂場、自然物。一見シンプルに見えるこれらの素材が、子どもの思考力・創造力・コミュニケーション力を育てる道具になります。こうした環境の充実を優先していくことが、私たちが目指す保育の姿です。
法人・施設・家庭の三角形。
子どもが育つ環境は、施設の中だけにあるわけではありません。家庭での過ごし方、保護者の関わり方もまた、子どもの環境の大きな部分を占めています。
私たちが目指すのは、法人・施設・家庭の三者が連携して形成する「教育的協力の三角形」です。施設がどんなに良い環境を整えても、家庭での関わりがなければ、その効果は半減します。保護者の皆さまに保育の考え方をきちんと伝え、共に子どもの環境をつくっていく。そのパートナーシップをこれから丁寧に築いていきたいと思っています。
私たちが目指すのは、カリキュラムではなく、 子どもが育ちたくなる「場所」です。

#Chapter 3:Curiosity
「好き」が、未来をつくる。
子どもが「好き」を見つける瞬間を、見たことがありますか。
それは突然やってきます。ある日、絵本を読んでいた子が、文字に興味を持ち始める。砂で遊んでいた子が、形や数の不思議に気づく。音楽が流れた瞬間に、体が自然に動き出す子がいる。その「好きの芽生え」は、誰かが教えたものではありません。子ども自身の中から、静かに、しかし確実に湧き出てくるものです。
この「好き」の経験が、子どもの未来を動かします。好きなことへの集中力が、学ぶ力の基盤になります。好きなことを通じた達成感が、自己肯定感の土台になります。好きなことを友達と共有する喜びが、コミュニケーション能力を育てます。乳幼児期の「好き」の体験は、就学後の学習意欲・社会性・創造力につながっていくと考えています。
遊びの中に、学びがある。
「遊びと学びは別のもの」という考え方があります。しかし私たちは、その二つを分けて考えていません。子どもが本当に夢中になって遊んでいる時、そこには必ず学びがあります。
積み木を積んで崩れる経験は、物理の原理との出会いです。友達と遊びのルールを決める経験は、言語能力と社会性の訓練です。絵を描くことで感じたことを表現する経験は、自己表現力の発達です。遊びの中で自分から動き、感じ、考えることで、子どもの力は着実に形成されていきます。
ただし、「ただ遊ぶだけでいい」とは考えていません。子どもが意欲的に自分から動き出せるよう仕向ける「環境の設計」があってこそ、遊びは学びになります。子どもの好奇心が反応する素材と空間を丁寧に整えること。それが私たちの仕事だと思っています。
英語教育について、私たちの考え。
「乳幼児期から英語を」という声があります。その気持ちはよく分かります。英語が子どもの未来の選択肢を広げることは確かだからです。
ただ、私たちが保育の現場で感じてきたのは、英語力の問題は英語だけでは解決できないということです。英語が話せる子が、中学以降の読み書きや文法でつまずくケースは少なくありません。その差を生むのは英語力の問題ではなく、国語力です。国語力が育っている子は、英語も自分の力で吸収していきます。
だから私たちが乳幼児期に大切にするのは、国語力の土台を育てることです。絵本を一緒に読む、自分の気持ちを言葉にする、友達の話に耳を傾ける。そういう積み重ねが、言葉を使いこなす力になり、それがやがて英語にも生きてきます。
英語を「早く習わせること」より、「国語力のある子に育てること」。それが私たちの考えです。
「好き」から始まる学びだけが、 その子の本当の力になります。

#Chapter 4:Watch
見守ることが、一番難しい。
保育の現場で、最も難しい仕事は何か。私たちの答えは、「見守ること」です。
子どもが何かに挑戦している時、うまくいかなくて困っている時、大人はすぐに手を出したくなります。教えてあげたい、助けてあげたい。その気持ちは自然なものです。しかしその瞬間に手を出すことが、子どもが「自分でできた」という経験を奪ってしまうことがあります。
子どもは、試行錯誤の中で育ちます。うまくいかないことを繰り返し、自分なりの答えを見つけていく過程そのものが、子どもの思考力・忍耐力・自信を育てます。大人がその過程を奪ってしまえば、子どもはやり方を教わることはできても、「やり遂げる力」を育てることができません。
子どもの力を信じて、待つ。 それが、私たちが目指す保育の根本姿勢です。
「主体性保育」への、真剣な問い。
近年、保育の世界では「主体性保育」への転換が急速に進んでいます。「子どもが自ら選ぶ」「大人は見守る」という方向性は、私たちも大切にしたいことです。しかしその転換が、本当に子どものためになっているかどうかについて、私たちは真剣に問い続けています。
「見守る保育」は、何もしない保育ではありません。子どもが安全に、安心して活動できる環境を整えながら、子どもの様子を注意深く観察し、必要な時に必要な関わりをする。これは、一斉に管理する保育よりもはるかに高度な専門性を要します。
保育者の配置基準は70年以上前のままです。その状況のまま、短期間で「見守る保育」に移行しようとすれば、子どもの安全が損なわれるリスクがあります。ヒヤリハットが連続し、気づけば元の管理型保育に戻らざるを得なくなる。私たちは「名ばかりの主体性保育」を避けるために、保育者一人ひとりの力をどう育てるかを、今、法人として本格的に取り組み始めています。
保育者を育てることが、子どもを育てること。
見守る力は、経験と学びの積み重ねでしか身につきません。「子どもの何を見るのか」「何を待てばいいのか」「どこで声をかけるのか」──この判断力を持った保育者を育てることが、子どもに良い保育を届けることと同義です。
正直に言えば、この部分はまだ道半ばです。各園の現場が同じ方向を向き、同じ基準で保育に向き合えるようになるためには、時間と丁寧な関わりが必要です。研修や日々の振り返りを積み重ねながら、法人全体として保育の質を高めていく。その取り組みをこれから本格的に育てていくことが、私たちの目の前にある課題です。

#Chapter 5:Question
「良い保育」を、問い続ける。
「良い保育園とはどんな園か」という問いに、一つの答えはありません。しかし私たちは、この問いを手放さないことが大切だと思っています。そして正直に言えば、私たち自身もまだその答えを探し続けています。
世の中には、「教育的なプログラムが充実している園が良い園だ」という見方があります。確かに、体操・音楽・英語・知育など、様々なプログラムを持つ施設は目に見えやすく、保護者にも伝わりやすい。しかしプログラムの充実度と、子どもが本当に育っているかどうかは、別の話です。
年間計画が学習的であることは、「教育をしていること」を示すことにはなります。しかしそれが、目の前の子どもの心の中に何かを育てているかどうかは、またまったく別の問いです。私たちが問い続けているのは、「子どもが毎日、ここに来たいと思っているか」「子どもが安心して、自分らしくいられているか」ということです。
数値に現れない育ちを、信じること。
保育の成果は、すぐには数値化されません。テストで測れるものでもありません。しかし確かに、その影響は子どもの中に蓄積されていきます。
乳幼児期の環境が子どもに与える影響は、就学後3〜4年、小学校4年生頃になって、思考力・学習への向き合い方・友人関係の築き方として現れ始めることが研究によって示されています。今目の前で起きていることが、将来の子どもの姿に直結している。この時間軸の長さを理解して保育と向き合うことが、私たちには求められています。
絵本の読み聞かせ、保育者との豊かな会話、友達とのぶつかり合いと仲直り。こうした日常の積み重ねこそが、言語能力・問題解決能力・社会性の土台をつくります。地味に見えるこの積み重ねが、子どもの将来の選択肢を広げる最も確かな投資だと信じています。
「良い保育」は、問い続ける姿勢の中にある。
私たちは、自分たちの保育が「正解だ」とは言いません。子どもは一人ひとり違い、時代も変わり続けます。昨日の正解が今日の正解ではないこともあります。
だからこそ、問い続けることをやめないことが、私たちの保育の姿勢です。現場の保育者が「これでいいのか」と問い、園長が「もっとできることはないか」と問い、法人が「子どもの最善の利益は何か」と問い続ける。そういう組織でありたいと思っています。まだそうなりきれていない部分があることも、分かっています。それでも、その問いを手放さないことだけは続けていきます。
「良い保育」の答えは、 子どもの姿の中にあります。 私たちは、その問いを手放しません。

#Chapter 6:Future
2030年の子どもたちへ。
10年後、今の園児たちは小学校高学年になっています。15年後には、社会に出る準備を始めている子もいるでしょう。私たちは、その未来の姿を想像しながら、今日の保育を考えています。
少子化が進む日本社会において、子どもを取り巻く環境は大きく変わっていきます。同年代の子どもと切磋琢磨する機会が減り、デジタル化・グローバル化はさらに進み、AIが多くの仕事を代替する時代が来ます。そんな時代を生きていく子どもたちに、私たちは何を贈れるのか。
答えは、スキルではなく「力の土台」だと思っています。自分で考えて動き出す力。失敗しても立ち上がれる力。人と関わり、協力できる力。好奇心を持ち続ける力。これらはどんな時代にも必要とされ、どんな変化にも対応できる根っこになります。その根っこは、乳幼児期の豊かな環境の中でしか育ちません。私たちの保育は、その根っこをつくることを目指しています。
地域の子育てに、もっと関わっていきたい。
保育施設の役割は、これからさらに広がっていくと思います。子どもを預かる場所から、子育て家庭を支える地域の拠点へ。保護者の不安に寄り添い、地域とつながり、障害のある子どもへの継続的な支援まで含めた役割が求められています。
私たちは関東一円17施設のネットワークを持っています。その規模を活かして何ができるか、まだ模索している部分も正直あります。施設の数を増やすことが目的ではなく、より多くの子どもと家庭に質の高い保育を届けられる体制を整えていくこと。そのための準備をこれから着実に進めていきます。
世界の子ども観から、学んだこと。
国際バカロレア(IB)教育に代表されるヨーロッパの先進的な保育・教育は、幼児期からの「探究」を中心に据えています。子どもが主体となってテーマを探究し、自己肯定感を積み重ね、世界への興味関心を広げていく。その教育を受けた子どもたちが持つ、自主性・批判的思考力・コミュニケーション能力の高さは、私たちが目指すものと深く重なっています。
グローバルな視野を持つことは、英語を話せることではありません。自分とは異なる考え方や文化に興味を持ち、それを受け入れながら自分の考えを育てていける力です。その力の種は、乳幼児期の遊びの中にあります。異なる個性を持つ仲間との関わり、保育者との対話、自然や素材との出会いの中で、その種は静かに育っていきます。私たちの保育が目指しているのは、その種を守ることです。
乳幼児期の環境が、 その子の一生の土台をつくります。 その責任を、私たちは受け止めています。

#Chapter 7:Message
理事長より。
このコンセプトブックを手に取ってくださった皆さんへ。
私が理事長に就任したのは2012年のことです。父が他界する直前、病床で「幼稚園をどうする」と問われ、「俺が継ぐ」と答えた。それが始まりでした。保育のことは何も分かっていませんでした。
失敗から、保育観が生まれた。
就任してすぐ、私は自分がそれまでのビジネスで培ってきた経験と価値観を保育に持ち込もうとしました。英語教育のカリキュラムを組み、世界地理を教えようとしました。子どもたちに、自分が感動した「世界観」を伝えたかったのです。
結果は明快でした。子どもたちはまったく興味を示しませんでした。遊ぶことに夢中で、用意したカリキュラムには目も向けませんでした。英語教育はすぐに中止しました。
その時の私は、ビジネスでの実績に頼りすぎていました。「子どもに何かを教えよう」としていた。しかし子どもたちが教えてくれたのは、「学びは押しつけるものではなく、子ども自身の中から湧き出るものだ」ということでした。そしてもう一つ。英語より先に、国語力の土台を育てることが、すべての言葉の力につながるということも、この経験が原点になっています。
世界で見た子どもたちが、問いの原点にある。
保育の世界に入る前、私はビジネスのためにヨーロッパへ渡り、多くの若者たちと出会いました。その中で強く印象に残っているのが、スイスの国際バカロレア(IB)教育を受けて育った学生たちとの出会いです。
彼らは、押しつけられた知識を持つのではなく、自分で問いを立て、探究し、表現する力を持っていました。自己肯定感が高く、異文化への好奇心にあふれ、自分の意見をはっきりと持っていた。「幼児期からの環境が、これほどまでに人を変えるのか」と衝撃を受けました。
その体験が、「環境が子どもを育てる」という考えの原点になっています。子どもに何かを教え込むのではなく、子どもが自ら動き出したくなる環境をつくる。その発想は、あの出会いなくしては生まれませんでした。
失敗と出会いの積み重ねが、 今の保育観をつくりました。 それが、このコンセプトブックの中身です。
これから始まることについて。
13年間、施設を増やし、現場を動かし続けてきました。しかし正直に言えば、この間は走ることに精一杯で、法人全体として保育の理念をどう共有するか、各園の現場をどう育てるか、その部分は後回しになっていました。
このコンセプトブックは、その意味で「完成の報告」ではありません。私たちが何を大切にしたいかをやっと言葉にできた、その出発点の文書です。ここに書いたことを、これから現場と一緒に育てていく。各園の保育者が同じ方向を向き、子どもの力を信じて待てる組織をつくっていく。そのための取り組みを、今まさに始めたところです。
保護者の皆さまへ。私たちは「良い保育をしている」とアピールするためにこのブックを作ったのではありません。何を考え、どこへ向かおうとしているかを誠実にお伝えしたかった。まだ途中の部分があることも含めて、正直に伝えることが信頼の土台になると思っています。
職員の皆さんへ。このブックに書いたことは、私一人の考えではありません。皆さんと一緒に形にしていくものです。現場で感じていること、うまくいかないこと、もっとこうしたいという思い、ぜひ聞かせてください。
「目的を定めたねらいに忠実に向かい、子どもの発達と成長に則し、そこにガバナンスを発揮できる組織づくりを行うことを、ここに宣誓いたします。」
学校法人 柴学園 / 社会福祉法人 雄雅会
理事長 柴 明彦
April 2026